SAA / Sasakawa africa association
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ガーナ (1986-2003)
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ガーナにおけるSG2000の第1期プロジェクトは1986年に開始されました。第1期プロジェクトはガーナ食糧・農業省と協力し、農業普及サービス局を通じて実施されました。

プロジェクトの焦点は技術実証にあり、その主要ツールとして大規模栽培試験圃場(PTP)(約0.5ヘクタール)が用いられました。参加農民は推奨生産方法パッケージを用いてPTPを作り、PTPでは農民と普及員に対する新技術の指導が行なわれました。プログラムによる主な改革項目には、改良品種、列植え、適量の化学肥料、種子生産、穀物貯蔵などがありました。

1986年にガーナでのSG2000活動が始まったとき、国内のトウモロコシ栽培面積のうち改良品種が継続して植えられていたのは10%未満に過ぎませんでした。ガーナ人の食糧はデンプン質の根茎や、キャッサバ、ヤムイモ、ココヤムといった塊茎類に大きく依存していました。これらの食糧は炭水化物を多く含むものの蛋白質に乏しく、いっぽうトウモロコシは、総蛋白量は多いものの、質が悪かったのです。そこで国立穀物研究所(CRI)は、通常トウモロコシの2倍のリシンとトリプトファンを含有し、貧困層(特に女性と離乳期の幼児)の栄養状態を改善する「高蛋白トウモロコシ(QPM)」の研究・普及を推進しました。

フィールドデーや参加農民からの口コミを通じ、多くの農民がプログラムに参加するようになりました。実際、参加農民数が急激に増えすぎたため、最初の2年間は十分な監督が行えないほどでした。そのため、研修を修了した農民や組合、農民グループによる情報伝達に頼らざるを得ませんでした。
このように現地実証プログラムが急激に拡大し、1988年に16,000ヶ所だったPTPが1989年には80,000ヶ所にまで膨れあがったことで、大きな問題が生じました。ガーナ農業省もSG2000も、これほど巨大化したプログラムを運営できる組織力を持っていませんでした。

ガーナをはじめとするサハラ以南の諸国においては、収穫されたトウモロコシの不適切な保管方法により、収穫後損失が30%にも及ぶことがありました。この高い収穫後損失リスクのせいで、農民は余剰作物をできるだけ早く売らなければならず、価格暴落のもととなっていました。この貯蔵と販売の双子の問題に対処するため、SG2000プログラムは、零細農家の貯蔵能力を向上・拡大するプロジェクトを開始しました。

1989年には、SG2000により実証された新技術を用いて85,000人以上の農民が、85,000エーカー(34,400ヘクタール)以上の土地で栽培を行なうようになりました。これはガーナの全トウモロコシ・ソルガム栽培面積の7%にあたります。初めはわずか40ヶ所の実証圃場で始まったSG2000プログラムが、アフリカにおける重要な成功事例となっていったのです。

参加農民はPTPに加え、従来農法を用いた第2圃場を作って比較対照を行なうよう要請されました。PTPにおける作物の成長と生産高は、ほとんどの場合圧倒的に第2圃場を上回りました。この「自らやってみる」手法は、新技術の効用を説き聞かせて回るのではなく、農民に自ら技術を体験し、効果を実感させることができます。PTP農家は肥料や改良種子の費用を返済しければなりませんでしたが、生産高が向上したため容易に返済を行なうことができました。

推奨技術パッケージの収益性と簡単さが、SG2000戦略成功の鍵となりました。参加農民は3シーズン分まで、推奨された資材を信用取引で購入することができました。その後、実証プログラムを修了したと見なされ、プログラムでその使用を学んだ種子・肥料を通常ルートで購入するようになりました。

ガーナ・プロジェクトは、正式な銀行機関の関与するクレジット制度の初期モデルとなりました。農業開発銀行(ADB)は、前年度のローンを全て返済した農民グループに対し、資材購入融資を行ないました。この制度により、SG2000プロジェクト修了後も農民が資材購入融資を受けられるようになりました。

また、高蛋白トウモロコシ(QPM)品種の開発・普及支援も、ガーナにおけるSG2000活動の主要成果の1つです。QPM品種は、通常トウモロコシ品種に比べて蛋白含有量に優れ、トウモロコシを主食とするガーナなどの国々では大きなメリットとなります。ガーナCRIが導入したQPM品種およびハイブリッド種は、ガーナ農民により10万ヘクタール以上の土地で栽培されるようになりました。これらの品種は他の多くのアフリカ諸国にも広まり、ガーナで生産されたQPM品種および遺伝資源は、マリ、ブルキナファソ、ナイジェリア、コートジボアール、ギニア、モザンビーク、ウガンダ、マラウィ、南アフリカ、ジンバブエ、エチオピアの11ヶ国に導入されました。

また、ガーナ・プロジェクトでは不耕起農法の普及に取り組みました。不耕起農法では、耕作および整地の費用が軽減されるとともに、土壌の水分状態が適切な時に植え付けを行なうことができ、豪雨による浸食にも強くなりました。SG2000の不耕起農法への取り組みも、まずガーナで始まり、その後他のアフリカ諸国に広まっていきました。

1995年、SG2000のガーナ・プロジェクトは「フェーズ2」と呼ばれる新たな局面に入り、国外からのカントリー・ディレクターは置かず、ガーナ国内のプロジェクト・コーディネーターがプロジェクトを指導することになりました。

ガーナ国内の公的機関および民間機関と協力して活動する現地普及員の技術およびコミュニケーションスキルを向上させるため、ケープコースト大学では、中等学校の卒業資格や農学の学位を持つ中堅スタッフを対象として、新たに画期的な農学士課程を設けました(「SAFEについて」参照)。

SG2000は8年間の共同プロジェクトの後、活動運営責任の大部分をガーナ政府の食糧・農業省(MOFA)に移管しました。1991年以降、MOFAとSG2000は農場における収穫後技術と貯蔵技術の向上に大きな重点をおいてきました。1994年までに、ガーナ農民は約4,000軒の乾燥小屋を立てました。その多くは収穫後損失が最も多い南部地域に立てられました。
SG2000はまた、ガーナにおける民間種子産業の発展に大きく関わりました。1994年には保証種子が700トン近く販売され、うち85%がトウモロコシで、そのうちの半分は1992年に導入されたQPMのオバタンパ種でした。

種子の品質は良好に保たれていたものの、種子産業はなかなか強固な経済基盤を築けずにいました。生産資材のコストの高さ、特に肥料のコスト高に対し、生産者価格が比較的低いのに加え、商業融資が利用しにくいため、種子育成業者による投資が制限されるという状況がありました。同様のコストおよび資金問題は農民にもあり、そのため種子の需要が制限されていました。

フェーズ2では、SG2000は主要4分野における活動支援を継続します。主要4分野とは、(1)生産技術および技術移転、(2)収穫後作業、(3)種子生産および流通、(4)QPMです。

1999年にはウエイン・ハーグ氏が、「ガーナの肥料使用量が増え始め、資材販売流通網が拡大しつつありますが、その速度は非常に遅く、スピードアップのためにはより効果的なパートナーシップが必要です」と話しています。

2000年にはSAA理事会がプロジェクトの3年延長を承認しましたが、SG2000ガーナの指導部に対し、活動地区を減らし、様々なプログラム(作物生産、収穫後、農産物加工、教育訓練および体制構築)を総合的に実施して、これらの地区が他の地区の実証拠点として機能するような取り組み方を指示しました。
SG2000にとって、2000年は地元政府や地域機関との協力関係をより強固にした年であり、参加農民が融資の完全返済を達成した年でもあります。

プログラムは2003年に終了しましたが、SG2000は引き続き地域プログラムを通じてガーナを見守っています。ガーナは現在もSG2000プログラムのモデル国となっています。