SAA / Sasakawa africa association
ホーム SAAについて 笹川グローバル2000 地域プログラム 国別情報 ニュースレター お問い合せ
メニュー
sp
SAAについて
sp
笹川グローバル2000
プログラム
sp
地域プログラム
sp
国別情報
sp
エチオピア
sp
マリ
sp
ナイジェリア
sp
ウガンダ
sp
----------------------------------
sp
ガーナ
sp
スーダン
sp
タンザニア
sp
ベニン
sp
トーゴ
sp
モザンビーク
sp
エストリア
sp
ギニア
sp
ブルキナファソ
sp
マラウィ
sp
出版物・ビデオ
sp
ニュースレター
sp
リンク
sp
最新情報
sp
お問い合わせ
sp
sp
言語
sp
英語
sp
フランス語
sp

  sp
国別情報
sp
ギニア (1996-2004)
sp

SG2000のギニアプロジェクトは、タレケ・ベーレ博士の指導の下、ギニア農業省と協力して1996〜2004年に実施されました。他の全てのプロジェクト同様、土壌劣化対策、普及員および農民に対する進んだ農業技術の指導が主なテーマとなりました。

1996年、SG2000はギニア側の普及機関、SNPRVと共同で活動を始めました。ギニア政府はSG2000に対し、主食であるコメの生産推進支援を要請しました。コメの輸入により、ギニアの乏しい外貨が大量に消費されてしまっていたためです。コメ依存率がギニアほど高い国はありません。農民はまだ焼き畑農業を行なっており、何年か耕作を行なうと次の土地へ移るやり方を続けていました。

SG2000の活動目標は、(1)改良農業技術による食糧生産の拡大、(2)ムクナを活用した休閑地の地質改良、(3)改良イネ脱穀技術およびトウモロコシ殻剥き技術の導入および貯蔵施設の改良、(4)女性グループを対象とした農作業の改善、(5)国内の各関連機関の能力強化、の5つでした。

SG2000プロジェクトは農民84人から開始され、参加農民と普及員はともに農作物栽培の科学的方法を学びました。各0.5ヘクタールの栽培試験圃場(PTP)を作り、主としてコメ、場所によっては緑肥植物であるムクナを栽培しました。1997年には、プログラムは17地域に拡大され、参加農民も1,400人以上に増えました。PTPではコメ、トウモロコシ、ソルガム、大豆、メヒシバ、ムクナが栽培され、PTPの数は2000年までに3,900を超えました。そのうち半数はコメのPTPでした。

ギニア農民が改良陸稲品種を入手できるようにするため、SG2000およびギニア普及機関は、西アフリカ稲開発協会(WARDA)が開発した新種のアフリカ・アジア種間交雑の種子を増やし、2001年には「NERICA(アフリカのための新しいイネ)」と呼ばれるWARDA品種を約500の圃場に植え付けることができました。

ガーナから輸入された高蛋白トウモロコシ(QPM)品種、「オバタンパ」は、ギニア農民に広く採用されました。PTPにおけるオバタンパの平均収穫高は3.0トン/ヘクタールで、全国平均の1.0トン/ヘクタールよりも高くなっており、より多くの収穫を処理するため、農民は小さな穀物貯蔵庫の建設方法を学びました。

ギニアでは、開墾から販売・処理まで、農業のあらゆる局面で女性が主要な役割を果たしているため、SG2000では5グループ200人の女性農民に対し、種子・肥料や融資の提供による協力を開始しました。これら女性農民は野菜、トウモロコシ、大豆を栽培し、1997〜2001年の間に1,900人以上の女性がムクナを使ったレシピを作るための研修を受けました。

1998年、プログラムは6地域27地区に広がりました。現地実証プログラムで使用された肥料は80トン以上、改良種子は20トン以上に及び、PTP購入融資口座が6地域全てで開設されました。QPMは、女性に対する農村単位の栄養学研修を通じて知られるようになり、家畜・漁業省との間で、養鶏業者や小規模畜産業者とQPM栽培農家を連携させるための話し合いが行なわれました。

また、農村ごとが無理な場合でも、小さな町ごとには確実に種子・肥料の購入が可能となるよう、流通システムの構築を始める取り組みが必要でした。その目的は、農地の近くで肥料や改良種子が入手できるようにすることでした。

1995年より前、ギニアは毎年30万トン前後のコメを輸入していましたが、進んだ農業技術を導入することにより、1997年には20万トン、1998年には15万トンと輸入量は少しずつ減少していきました。この減少は、特に深刻な難民問題を考えると非常に大きな進歩と言えます。ギニアの自給実現は2005年を目標としています。
地方農業普及局(SNPRV)局長、ババ・ガレ・カマラ氏は、「かつて輸入米を積んできたコナクリ港の船の全てが肥料を満載するようになる時、ギニアは食糧自給を実現できるでしょう」と話しました。

ギニアのランサナ・コンテ大統領はある日、前ぶれなくフィールドデーの視察に訪れ、その結果、収穫後・農産物加工技術プログラムは大いに活気づきました。この視察には農業・水・森林省のジャン=ポール・サール大臣が同伴しており、コンテ大統領からプログラム修了者に修了証が授与されました。
2000年、WARDAの科学者たちはコンテ大統領に対し、ギニアにおけるコメの天水栽培の経験は他のアフリカ諸国のモデルになると述べ、さらに、同国でのコメ生産高が過去3年間と同じペースで今後も増加していけば、ギニアは米において自給自足を達成するばかりでなく、近隣諸国に種子を供給できるようになると強調しました。

順調に減少しつつあったギニアのコメ輸入量は、2001年に28万3千トンと再び大きく増加しました。タレケ・ベーレ氏は、「この再増加は、リベリアおよびシエラレオネとの国境地帯における不安定な情勢により、何千人もの農民が村を追われ、農地を捨てざるを得なかったことなど、ギニア情勢の緊迫化によるものです。また、カンカン地域における深刻な水害など、国内の災害にも影響を受けました」と説明しています。

SG2000ギニア・プログラムは2002年から、SG2000がギニアを去ったあとも主要な活動が確実に継続されるよう、過去5年間の成果の取りまとめと、国内組織やNGOにおけるプログラム活動のさらなる統合に焦点を当てました。
ベーレ氏は「実際、2002年はギニアにおけるNERICA年と言えると思います。NERICAはアフリカにおけるコメ生産を変える力を持っています」と語りました。

タレケ・ベーレ氏は、生産能力造成をフェーズ2の中心課題として考えていました。「我々はギニア側にプログラム主体を移管することを目標としていますが、そのためには訓練と技術支援、および必要な農業機関の強化によってはじめて可能となることも分かっています」そのため、ギニア国内の研究センター4ヶ所における普及研究、農業校3校、およびギニア最高の農業大学であるファラナ大学と緊密な連携体制が取られました。

2004年9月、ギニアは「国際コメ年」を祝い、多くのハイレベルなイベントや活動を実施しました。タレケ・ベーレ氏は「国際コメ年イベントは大きな成功を収めました。UNDPは飛行機をチャーターし、ファラナ地域に参加者を運んでNERICAの実験圃場、栽培圃場、収穫後・農産物加工作業を視察しました。代表団はまた、SG2000が資金提供した収穫後・農産物加工モデルセンターの開所式を行ないました」

SG2000ギニア・プログラムは2004年に終了しました。