SAA / Sasakawa africa association
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タンザニア (1989-2004)
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タンザニアでのSG2000プロジェクトは、タンザニア農業・家畜開発・協同組合省と共同で1989年に開始されました。同省はしばしば、スワヒリ語で「農業」を意味する「キリモ」の名で呼ばれています。同省との共同事業である本プロジェクトは、「キリモ/SG2000」または「KSG2000」と呼ばれていました。

本プロジェクトは、北部高地に作られたトウモロコシ栽培研修圃場(MTP)67ヶ所(各0.5ヘクタール程度)で開始されました。MTPがほとんどの農場と同じくらいの大きさだったため、参加農民は、新技術でどれだけの作業と資材が必要になるかを実際的に判断することができました。MTPの数は、翌年には1,087ヶ所に跳ね上がりました。

1989〜1998年、零細農民4万人、普及員千人以上がMTPに参加しました。トウモロコシのMTP平均生産高は4.5〜5.1トン/ヘクタールとなり、全国平均生産高1.3トン/ヘクタールと比べて大きな差が出ました。また、ソルガム、キマメなどの豆類のMTPは数千ヶ所におよび、同様に従来農法よりもはるかに大きい生産高を記録しました。

また、収穫後技術の向上もKSG2000プロジェクトの主要課題の1つでした。KSG2000では、隙間をなくした改良構造を用いて貯蔵穀物が土壌の湿気を吸うのを防ぎ、太陽熱から守ることにより、変質を防ぐ方法を指導しました。

普及員はMTP技術と推奨生産パッケージの指導を受けました。

普及員はその学んだ技術知識を参加農民に教え、研修は直接の参加農民1人とその活動をモニターする近隣農民10人から成る「MTPクラスター」を1単位として行なわれました。MTP活動は1989年にアルーシャ地域から開始され、シーズン中に67ヶ所のMTPでトウモロコシ栽培が行なわれました。1989〜1990年には、プログラムは6地域に拡大され、翌年にはさらに1地域増えて7地域となりました。各地域の初等学校もプログラムに組み込まれ、1991年には122校のグラウンドにMTPが設けられました。

1995年以降、プロジェクトの焦点は実証活動から、普及活動および零細農家に対するより一般的な支援へと移行しました。トウモロコシと豆類の間作を推進することにより、単作に比べて農家のリスクが低減しました。

その後の主な普及優先事項としては、タンザニアの零細農家に対する改良収穫後貯蔵技術と雄牛利用技術の導入が挙げられます。SG2000の支援活動には、推奨収穫後器具や家畜利用農具の利用、現地実証用地の設営や設備設置において活動中の現地普及員に対する経済支援が含まれています。

1996年、タンザニアのSG2000プロジェクトは「フェーズ2」に入り、タンザニア農業省内におけるより進んだ管理統合を推進しました。
タンザニアの収穫後プログラムは地域の見本となり、エチオピア、マラウィ、ザンビアの各国から普及員が視察に訪れました。1996年にはSG2000の関与は技術支援のみに縮小されました。

プログラムにより、トウモロコシ生産高は地区レベルで明らかに向上しましたが、「当初からの参加者は資材価格の高騰という現実に直面しなければなりませんでした」とアブ=マイケル・フォスター博士は述べています。フォスター博士は1995年、エチオピアに転任したキニョーネス博士の後を継いで、タンザニア・カントリーディレクターに就任しました。「農民は自分の懐に見合い、収益を得られるレベルに調整できるようになりました。肥料も以前のように大規模に使われることはなくなりました」
実際、肥料が手に入らないからでなく、助成金廃止にともなうコスト高騰により、農場レベルでの肥料使用量は低く抑えられました。
「全体として、商売を続けた販売業者については事態は大きく改善し、民間の専門販売業者網という概念が定着しました」

1998年の食糧輸入必要量は、トウモロコシが推定70万トン、小麦が2万8千トン、インゲン豆が2万2千トンとなりました。1997年にはプログラムの重点活動として、トウモロコシとキマメの間作、家畜牽引、リン強化堆肥の作り方、収穫後技術、貯蓄・融資組合などの活動が行なわれました。

また、課題の1つとして、農業強化をどのようにタンザニア開発計画の優先事項にしていくかという問題があり、SG2000のタンザニア・スーパーバイザーであるボーローグ博士、マルコ・キニョーネス博士、フレデリック・スマエ首相とその側近の間で、議論の基礎となっていました。キニョーネス博士は「タンザニアは農業生産強化の非常に大きな可能性を持っています。現存する障害物を取り除けば、農業は迅速に前進することができます」と話しています。

1998年には、SG2000は直接的な現地での活動を正式に終了しましたが、政策レベルでの介入は2004年まで継続しました。

1998〜1999年の収穫成果はまちまちで、高地では豊作でしたが、低地は干ばつに襲われました。タンザニア全体では、国民すべてに必要なだけの食糧を生産することができず、いくつかの地域で食糧確保に問題が出ました。降水量の不足により、政府は将来展望に大きな不安を抱えることになりました。

土壌の肥沃度を改善するため、タンザニア政府は「土壌肥沃度再生・農業強化プロジェクト(SOFRAIP)」を導入しました。キニョーネス博士は「SOFRAIPの技術面の中核は、タンザニア政府の依頼により、世界銀行の承認を得てSG2000スタッフが開発しました」と述べています。SOFRAIPはHIV/AIDSに対する意識向上と対応体制に特に注意を払い、患者のいる世帯では省労力技術の導入などを行なっていきます。

SAA理事会では、タンザニアにおけるSG2000の指定活動の再実施を承認しました。2年間閉鎖されていた事務局も再開され、キニョーネス博士は1年のうち数ヶ月はタンザニアに滞在し、タンザニアや世界銀行のスタッフと協力してSOFRAIPを推進していきました。SAAはまた、SG2000活動を補佐する専門スタッフも新たに派遣しました。
さらに、SAFEプログラムはソコイネ大学における中堅普及員を対象とした農学士課程に対する支援も継続しました。
残念ながら、より恒久的な資材流通システムを構築し基本食糧の安定した商品販売を実現しようとするSG2000の以前の取り組みは、あまり成果を上げられませんでした。4年間で9千万USドル以上の予算を計上しているSOFRAIPは、食糧供給の不安定さを克服し、貧困をなくそうとするタンザニア政府の新たな決意を表わしています。キニョーネス博士は、「私たちはこの国における経験に基づき、SOFRAIPが必ずやタンザニアの農業革新を推進できるものと考えています」と述べています。

SOFRAIPは2002年7月までに実施予定でしたが、「参加型農業開発・強化プロジェクト(PADEP)」に変更され、2003年半ばに実施されました。

2002年には、PADEPの初年度の試験的実施地区として16地区が選ばれ、10月、11月には普及員および農民に対する植付け前の集中的な実地研修が実施されました。SG2000はこれらの研修実施に積極的に協力しました。

新たな活動として、QPM品種およびハイブリッド種の導入や、中国発の降雨の有効利用・点滴灌漑技術の導入などが行なわれました。世界銀行の承認を受けると、SG2000はPADEPプロジェクトの活動の継続を要請され、新しい作物生産の代替技術の試験的実施や、農民グループが選んだ技術を効果的に実証し推進できるようにするための農場監督支援などを行ないました。

PADEPはタンザニア本土とザンジバル諸島の26地区で実施されました。プロジェクトの目標は、約840ヶ村の零細農家、推定50万人に普及を行なうことにあり、SG2000は2002〜2003年の栽培シーズン中、土壌肥沃度回復技術の実証活動を継続するとともに、QPM実証活動を開始しました。

本プログラムは2004年に終了しました。