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エチオピア
エチオピアでは1990年代初頭に内戦が終わって暫定政府が樹立され、また気候に恵まれたことにより、農業活動が徐々に再開されました 1993年、SG2000はエチオピア政府と共同で農業プロジェクトを開始しました。当時、世界でも最貧国の1つであったエチオピアにとって、主食となる穀物の生産を急ぐことが緊急課題でした。食糧不足は世界でも最も深刻で、1989〜1993年の食糧支援は50万〜100万トン近くに及びました。 第1期5ヶ年農業開発プログラム
本プログラムでは、数種類の穀物およびイモ類の生産高を向上させる農産技術に重点がおかれると同時に、SG2000は収穫後の穀物貯蔵・保存技術に関する普及研修および技術支援を行ない、現地普及スタッフが実際の指導を行いました。 SG2000は最初の3年間で、4地域67地区に5,000ヶ所近い普及栽培研修圃場(EMTP)を作りました。面積0.5ヘクタールの各EMTPでは、農民と普及員が改良された技術を学び、新しく学んだことを効果的に活用した場合のコストと利益を直接知ることができました。 1995年、エチオピア政府は各EMTPの優れた成果に基づいて、政府の資金を動員してSG2000の技術移転手法をより大規模に展開していくことを決定しました。政府は国家普及強化プログラム(NEIP)を実施し、全国32,000以上のEMTP(主としてトウモロコシ)で、零細農民が技術指導や融資を受けられるようにしました。NEIPは1996年には350,000ヶ所に拡大され、良好な気候と改良技術の普及により、1,200万トンという記録的な穀物収穫高を記録するにいたりました。
1997年には、トウモロコシを自給できる兆しが見え、他の穀物も完全自給に近づいてきました。エチオピアが穀物収穫高の20%増に取り組むにつれ、収穫後の処理の改善がさらに緊急の課題となりました。SG2000は主としてエチオピア国内で設計された手動の殻むき機と脱穀機の普及に努めました。 1998年、エチオピアは国内土壌資源基盤の悪化を食い止めるため、新たな戦略として不耕起農法を取り入れました。新しい不耕起農法はまずトウモロコシから導入され、1999年には小麦、2000年にはテフとソルガムにも適用されました。キニョーネス氏は、「寄生雑草ストライガへの耐性だけでなく、生産高も穀粒も非常によい出来でした。エチオピア国内のソルガム栽培面積は百万ヘクタール近くにおよび、その最大の脅威はストライガであることを考えると、本プログラムの重要性はいくら強調しても足りないくらいです」と述べています。. 第2期5ヶ年農業開発プログラム(2001〜2005年) 2001〜2002年、エチオピアは全国的に安定した降雨量でほぼ例年並みでした。その結果、政府データによると、穀物生産高は前年比43%増の1,260万トンにおよび、エチオピア史上最高を記録しました。
2001年、SG2000は約500の普及栽培研修圃場(EMTP)を作り、その半分以上で不耕起農法を主眼としました。不耕起農法実証プログラムではトウモロコシ、小麦、テフ、ソルガムを中心作物としています。不耕起農法は、整地作業と雑草防除(通常、最も人手不足となる作業)の負担を軽減し、土壌の悪化を食い止めるとともに、水分保持の効果を上げることができます。不耕起農法を使用することにより、従来農法による最高の収穫高と同じ、またはそれ以上の収穫を常に得ることができるようになりました。 2002年には、ウォレダという区分の行政機関が農業開発の新たな中心となり、各地域・地区の行政機関から多くの役人が派遣されました。現地普及員も小作農組合に派遣され、それ自体が小行政区や住民センターとなり、あらゆる基本的サービスが行なわれるようになりました。 干ばつの危機に対して、SG2000は政府と協力して様々な降雨の有効利用技術を開発・実証し、普及員や農民にモデルとして提供しました。この技術には、1世帯当たり500 m2まで灌漑可能な小規模点滴灌漑プロジェクトや、参加農民に対する信用供与などが含まれます。2003年にSG2000が資金提供した圃場実証は30件前後におよびます。
LSG2000はエチオピア開発銀行と協力し、試験的な穀物在庫融資プログラムを始めました。この融資制度により、農民は収穫後、市場価格がより有利になるまで作物を保管できるようになりました。現在、南部エチオピアに3つの在庫融資グループがあり、合計85名の農民が参加しています。 エチオピア首相メレス・ゼナウィ氏は、国家普及プログラムにより、1998年に改良技術を2百万人以上の農民に普及させることを公に宣言しました。 |